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ハウルの動く城

今更ながら、ハウル見に行ってきました。
レディースデーだったのを知らず、チケット売り場が大混雑してたのは吃驚した。
開演直前で席大丈夫か心配だったが、前5列目の通路側となかなかの席がとれ安心。

しかし結構寒い日だったので、尿意が近いのにまいった。
上映前に行ったにも関わらず、30分ほど経ったら行きたくなって行き、さらに1時間半ぐらいのとこでまた行ってしまった。我ながらトイレ近すぎ。
通路側の席だったのと、場内に明かりが漏れない出入口の構造だったのが救いです。
同じ列の女性が2人ほどトイレに立って、通路を開けて通してあげなくてはならなかったけど、「我慢してつらかったろう…遠慮せず行ってきなさい(微笑)」といった、共感と慈愛に満ちた非常に寛容な心持ちでしたよ。

miroku


さて、映画の内容としては、ちょっと練りが足りないかなぁと。
原作はまだ未読なもので、原作知っていれば気にならない部分もあるのかもしれないが、独立した作品としては未消化な部分が多すぎ。
限られた時間枠に収めるのに、物語のバックボーンが書ききれないのはわかるにしても、個々の行動を裏付ける動機があまり見えてこない。

架空の国ながらも戦争が進行しているというシチュエーションが重すぎる割に、最後にそのカタルシスを解放してやるだけの説得力もない。えっ?これでいいの?みたいな。
また、心臓を別の場所に保管しておけば、不死を得る代わりに心をなくしてしまうというのはファンタジーのお約束だが、途中あまり心をなくしている人間の行動に思えないし、なくしてないとするとその設定を使う意味や話の辻褄がどうにもおかしい。
まあ、おとぎ話なんてものは、死んだはずが説明なく蘇ったり、気まぐれで残酷な登場人物ばかりだったりするので、整合性や物語性を考えても意味ないと言われればそうなんですが。

あと、最近の宮崎アニメの特徴として、教訓めいた説教臭いとこがありますな。
今回は、「見た目ばかり気にするな信頼や絆を大切にしろ」ってとこですか。
ちなみに千と千尋での説教は、「女の子にストーカーしちゃいけない」(笑)
こういうストレートな訓話がなくなってきたから現状があるのかもしれないと思うと、これだけ人の目に触れるものでやる意義は多少あるかも と解釈しときましょう。

と、いろいろ言いましたが、それはどうでもいいんです。
宮崎アニメの真骨頂は、素晴らしい映像とそれによって作られる圧倒的世界観。
CGの発達によってファンタジーに類する魔法世界が多く映像化されましたが、そういったものは魔法のエフェクトは派手でも、魔法の持つイメージを描き切れてないと思う。
万能とも思える強大な力への羨望、そしてそれを他人が行使した場合の恐怖と不安。
羨望と恐怖が混沌と入り交じった雰囲気が、リアルな世界として見事構築されている。

という訳で、とても満足のいく作品だった。
ただ、鑑賞中の何分の一かはトイレで頭がいっぱいで心ここにあらずだったから、もう一度じっくり観たいものだ。(暖かい劇場で)

urinate

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映画でよくわからなかったキャラが気になり、結局原作本を読むことに。 結果を言う [続きを読む]

受信: 2005.02.13 10:27 午前

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