魔法使いハウルと火の悪魔(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ著 西村醇子訳)

映画でよくわからなかったキャラが気になり、結局原作本を読むことに。
結果を言うと、それは全く解消されませんでした。(笑)
だって、主人公の二人(と悪魔)を除けば、名前から役柄からぐちゃぐちゃ。
第一、戦争なんてやってないじゃん。
まーた戦闘機や兵器が描きたいからって、無理矢理いれやがったな。

おそらく宮崎監督は、この本を数十ページ読んだところで、「この設定は使える!」と叫び、その時点で本を閉じて、そのまま映画制作に入ったね。絶対にそう。
そうした点では、後半のストーリーがわからないまま読めてよかった。
分類としては、ユーモアファンタジーになるんでしょうか。
映画のビジュアルがどうしても頭に浮かんできて、そのギャップが困る。あんなシリアスなノリじゃないもの。
ところがオチに関しては、えっ?これでいいの?という感想が一緒。
ページ数も少ないのにこれで収拾つくのかとハラハラさせておいて畳みかけるように物語を収束させて気持ちイイとか、最後にドンデンがあるのわかっててもなるほどねーと納得しちゃうとか、そこまでのものがないんですなあ。
(ファンタジーでいえば、私的に前者は十二国記、後者はハリーポッターとか)
ユーモアファンタジーということでは、他にザンスとかありますが、これだって比較的最後は納得させるだけのものはある。
とはいえ、ザンスあたりでもよく思うことだが、ギャグものの訳書はツラいのよ。
引用にしてもギャグにしても、やはり本国の人間じゃないと完璧にはわからんよね。
私が、生まれも育ちもイギリス(UK)の本好き小僧だったら、「オチがイマイチ?そんなのNPNP!こいつはサイコーにCoolだぜ!hahaha!」ぐらいは言っただろうに。
いや、これじゃアメリカ人か。
まー、読後の腹立たしさはないので、それなりの良書ではあると思う。
映画のほうで設定は全て使われちゃってネタバレしてるから、先に読んどけばもっと好印象だったろうな。
その場合は映画を見た時に、はぁ~?ってことにたぶんなるので、どちらも痛し痒し。
続きを読もうかどうしようか。溜まった未読本をまず片づけなさい。>自分
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